2026.01.30 | u-map
食堂・スナック・カフェから始まる介護──富山「にぎやか」が実践する制度に縛られない居場所づくり

「別に、特別珍しいことも何もしてないんですよ。」
そう言って笑うデイケアにぎやか(以下、にぎやか)代表の阪井さんの言葉は、裏を返せば「ここで起きていることが日常」だという宣言でもありました。
にぎやかは、介護保険の制度上はデイサービスに分類されます。
しかし目の前で立ち上がっている風景は、いわゆる“デイサービス”という言葉が想起させる光景と、明らかに違います。
昼は食堂に人が集まり、スタッフも利用者も同じテーブルでごはんを食べ、日曜日は定例の食堂営業があり、金曜の夜はミラーボールが回ってスナックになる。
水曜日には薬膳カフェが開かれ、子どもや家族の相談が自然に始まる。
2階ではさをり織りが動き、介護美容のエステサロンも開く。
誰かが何かを“やらされる”というより、「ここにいると、やりたくなることが出てくる」ような空気が流れていました。
阪井さんが嫌う言葉があります。
それが「支援者」という言葉。
「支援する側って、虐待と裏表なのよ。」
この強い言い切りは挑発ではなく、長年の現場で積み重ねてきた痛みと、そこで掴んだ信念の結晶のように感じました。
にぎやかが続けてきたことは、誰かを“下”に置いて手を差し伸べることではなく、対等な関係で「困りごとに並んで向き合う」こと。その思想は、創業の原点に深く根を張っています。
Contents
創業の背景。「歩けるようになったら帰れる」は嘘だった⁈

阪井さんがこの道を選んだのは、28歳のときでした。
老健で理学療法士として働き、いわゆるリハビリの“正解”を日々実践していた時期です。けれど、現場にはどうしても飲み込めない矛盾がありました。
「家に帰りたい」という高齢者が、家族から「歩けるようになったら帰れるよ」と言われる。だから本人は必死で訓練をする。ところが歩けるようになった途端、家族から返ってくるのは「なんで歩けるようにしたんけ」という言葉でした。
帰れる・帰れないを決めているのは、身体機能だけではない。
家族の事情、暮らしの構造、受け止める側の覚悟。現場で見ていた“努力すれば報われる”の物語が、実は成立していないことを阪井さんは痛いほど思い知らされます。
だからこそ、発想は逆転しました。
「帰りたいなら帰ろうよ。手伝うよ。」
施設の中で完結するケアではなく、その人が“暮らしに戻る”ことを支えるほうが理にかなっている。どんなに認知症が進んでも、どんなに不自由になっても、その人がその人らしく暮らせる社会でなければいけない。そう考えたとき、制度がつくった枠組みに人を当てはめるケアは、どうしても不自然に見えてしまったのです。
にぎやかの原点には、もうひとつ、忘れがたい体験があります。
阪井さん自身が、子育てに追い込まれていた時期のことです。生後5ヶ月の子どもを抱え、頼れる家族もいない。しかも自分の母親は味方ではなく、むしろ責める側にいる。追い詰められる感覚の中で、阪井さんは富山型デイサービスの先駆け「このゆびとまれ」を知ります。
パンフレットにはこう書かれていました。
「赤ちゃんからお年寄りまで誰でも預かります。」
半信半疑で問い合わせると、返ってきたのは「ええよ。」の短い一言でした。
申し込みは?理由は?…そんな“正当性”を問われると身構えていた阪井さんに対して、そこでは何も聞かれませんでした。
子どもを預けることには社会的に正当な理由が必要で、説明できない自分は責められるのではないか。そんな不安を抱えていた阪井さんにとって、「理由を聞かれない」ことがどれほど救いだったか。その温度感は、言葉の端々に残っていました。
夕方迎えに行くと、子どもはおばあちゃんの膝の上にちょこんと座り、周囲の笑顔に包まれていた。
無表情に見える認知症のおじいちゃんも、ボールが来れば「えいっ」と返す。子どももまた投げ返す。暮らしの中の自然な交流が、そこにありました。
「ここがなかったら子育てに追い込まれていたかもしれない。」
阪井さんがそう語るとき、にぎやかの思想は単なる理念ではなく、命綱のようなリアリティを帯びます。
制度に縛られない“居場所”へ──介護保険より先に始まった挑戦
1997年、介護保険が始まる3年前に、自宅の1階を改造して「赤ちゃんからお年寄りまで何でも預かります」と掲げ、にぎやかの原型を始めます。
制度がないからこそ自由にできる。必要とした人が来る場所でありたい。営業はしない。困っている人が必ずいるはずだと信じて、待つ。
実際、時代がそれを求めていました。
措置の時代、50代で脳梗塞になれば受け皿は限られ、自閉症の子どもを育てる親は「親が見るものだ」と言われていました。
そんな時代に、年齢や障害の有無で線を引かず、来たい人が来られる場所は、まさに“待たれていた”のだと思います。
とはいえ、介護保険が始まると行政から「指定を受けなさい」と言われます。
制度に入れば記録や書類が増え、枠から外れた人は利用できなくなる。阪井さんが嫌ってきた世界に戻るようで、迷いもあった。けれど、利用者が「ここ3,000円だから毎日来たい」と話しているのを聞き、決意します。
この人たちが望むなら、制度との向き合いは私たちの課題として引き受けよう。
好き嫌いの感情を超えて、目の前の暮らしを守るために制度を“使う”側に回る。にぎやかのスタンスは、ここにあります。
食堂、スナック、薬膳カフェ──「介護の外側」に、入口がある
にぎやかを歩いていると、ここが本当にデイサービスなのか分からなくなる瞬間があります。
昼はごはんを食べる人が集まり、夜はふらっと飲みに来る人がいて、曜日によっては体を整えるカフェが開いている。いわゆる介護施設のイメージとは、どこか違う空気が流れています。
けれど、この雑多さは偶然ではありません。
介護につながる入口を、あえて介護の外側につくっている──それが、にぎやかの設計思想です。
「最初から“介護”って言われて入りたい人なんておらんでしょ。」と阪井さんは言います。
多くの人にとって、介護はまだ遠い話です。
親の変化に気づいていても、仕事や子育てに追われて後回しにしてしまう。自分の不調も「まだ大丈夫」と飲み込んでしまう。
だからこそ、にぎやかは「相談しに来る場所」ではなく、「来ていたらつながっていた場所」であろうとします。
ここに来る理由は、特別なものでなくていい。
ごはんを食べに来る。
少し話をしに来る。
なんとなく寄ってみる。
その延長線上で、ぽつりと困りごとがこぼれることがあります。
「最近、親の様子がちょっと気になってて…」
「夜が不安でね。」
それは相談というより、独り言に近いものかもしれませんが、にぎやかではその言葉を無理に“支援”につなげようとはしません。
制度の話も急がない。ただ話せる相手がいて、顔の見える関係がそこにある。
阪井さんが「これ、利用者じゃないんだよ」と言う場面に、何度も出会います。
最初は地域の一人として訪れていた人が、気づけば長く関わり、必要なときに自然と介護につながっていく。あるいは、関わりの中で元気になり、また地域へ戻っていく人もいます。
にぎやかにとって、どちらも間違いではありません。
介護につなげることが目的ではなく、孤立させないこと。
困ったときに思い出せる場所であること。
その結果として、にぎやかが選ばれるだけです。
だからここには、「利用者を増やす」という発想がありません。
あるのは、「ここに来る理由を増やす」という考え方だけ。
介護の外側に入口があるからこそ、人は構えずに入ってこられる。
そして気づいたときには、誰かとつながっている。
にぎやかがつくっているのはサービスではなく関係が育つための場所なのだと、改めて感じました。
譲れない価値観──“対等”であること、そして「見捨てない」こと

阪井さんの言葉は時に強く、けれど強さの裏には「人を人として扱う」ことへの徹底があります。
認知症の人を認知症として扱う言葉遣い、障害のある子を“できない子”として扱う視線、子ども扱いする態度。そうしたものに阪井さんは強い拒否反応を示します。
それは感情論ではなく、尊厳の問題です。良かれと思ってやっていることが、本人の自立を阻み、人権を削っていく。その危うさを、現場で見続けてきたからこそ「支援者」という言葉にすら敏感になるのでしょう。
そして、もうひとつの核が「死ぬまで面倒見る」という理念です。
出会った人を最期まで看取る。制度の都合で追い出さない。
この姿勢が、後述する“かっぱ庵”という別拠点を生み、さらに1000坪の土地へと展開していきます。
現状と課題──理念が強いほど、現場は難しくなる
にぎやかは、誰にでも合う職場ではありません。
阪井さん自身も「こだわりは強い」と認めています。
スタッフの入れ替わりもある。とくに近年は、長く支えてきた初期世代が定年を迎え、組織が入れ替わるタイミングに入っており、「新規事業所を立ち上げている感覚」と表現しました。
理念と制度の乖離も、現場を難しくします。
形式上はデイサービスであり、契約書やケアプランがある。でも「ケアプラン通りっておかしい、日々変わるじゃん」と言う。ここで働くには、制度のルールを理解した上で、それに支配されない思考が必要です。これは教育コストが高い。現場の判断が問われ続け、属人的になりやすい危うさもあります。
収益面も簡単ではありません。
食堂、イベント、スナック、スペース貸しなど多様な入口がある反面、それぞれが“小さく”成立しているからこそ、運営の組み合わせ設計が必要になります。
キャリアパスも一般的な介護事業所のように資格、役職、管理者という一本道ではなく、「この場所で何を担うか」という役割設計が問われます。
価値観が強い組織ほど、制度的な評価軸とズレやすい。だからこそ、次世代に継承するための“翻訳”が必要になります。
1000坪の「かっぱ庵」──叫んでもいい、泣いてもいい、暮らしを回復する余白

にぎやかの思想が土地のスケールで形になった象徴が「かっぱ庵」です。
もともとデイを住宅街で運営していると認知症の方の大声や行動が、近隣との摩擦を生む背景がにぎやかにありました。
ある利用者をめぐっては、町内会で「追い出すかどうか」の多数決まで取られたという話も出ていたといい、正論で説明すればするほど叩かれる。阪井さんはその経験から、人の怖さと、地域理解の難しさを学びます。
それでも諦めない。
叫ぶ人を、叫ぶからという理由で排除しない。
そのために、叫んでも問題になりにくい広い場所を探し、旧家の1000坪の土地を譲り受けることになりました。
室町時代から続く家で、庭園があり、本門があり、お堀もある。
かっぱが薬の作り方を教えたという伝説まで残る土地。
にぎやかが20代目としてその土地を引き継いだという話は、スケールの大きさだけでなく、「この場所なら託せる」と地域が感じた信頼の証にも思えます。
かっぱ庵は認知症デイに“アパート”がくっついた形です。
グループホームやサ高住ではなく、あくまでアパートとして住める仕組み。だから年齢も属性も限定しない。スタッフが住んでもいいし、家族で住んでもいいし、障害のある人もいい。制度の外に余白を残しながら、暮らしを支える器をつくっているのです。



敷地にはヤギがいて、ニワトリが卵を産み、畑では家族が野菜を育て、季節には外でバーベキューもする。鍵は閉めない。センサーはあるが基本は解放。危ない人にはGPSをつけるが、暮らしの前提は「閉じ込めない」。
介護の現場で“安全”がしばしば“制限”の言い換えになることを思えば、この設計思想は明確です。暮らしは本来、開いているこそ人は自分で動けるのです。
今後のビジョン──「死」と「生」をつなぐ。助産院が入る“まちの器”へ
にぎやかの未来は、介護の延長線だけに留まりません。
語ったキーワードは、「生まれる」と「死ぬ」をつなぐことでした。
「人が死ぬのと生まれるのはくっついてるから。」
看取りを日常として対応してきた阪井さんが、次に見ているのは“生まれる場所”です。
にぎやかではすでに助産師が関わり、薬膳カフェや子ども相談が動いています。
さらに2階に助産院をつくる構想が現実味を帯びている。行政側は前向きでも保健所の許可など制度的ハードルが残る。しかし「自宅分娩は不安。でもここならケアがあり、日中みんなが赤ちゃんを見てくれる」という言葉には、にぎやかだからこそ成立する新しい産後ケアの姿が見えました。


かっぱ庵の1000坪はまだ余白がある。2027年に向けて、設計士と改装を検討し、食堂やパン屋など地域が入り込める場にしていく。助産院も“いきなり大きく作る”のではなく、実態を見ながら段階的に。ここには、夢を語りながらも現実を外さない経営者の目線があります。
そしてもうひとつ重要なのが「継承」です。
かつては自分で始めた法人は自分で片付けて終わろうと思っていたと言います。
苦労を誰かに背負わせたくなかったからもあり、ここで育った息子が「この場所は残さなんなんやろ」と言ってくれています。
その一言から、次の世代がやりたいことを実現するためのプラットフォームとして、この場所を残す。そのために阪井さん自身が“離れる時間”をつくり、若い職員が考え、動き、育つ余白をつくろうとしているのです。
介護の核は残す。「死ぬまで面倒見る」。対等に接する。自立を阻まない。
その上で、デイサービスに閉じない。輸送サービスでもいい。別の事業でもいい。やりたいことを実現するために場所を使えばいい。実際、社労士の事務所が入る話まで出ている。
家賃収入が目的ではなく、「その人がここにいることで運営が回る」ような関係性をつくる。これもまた、にぎやか的な発想なのかもしれません。



終わりに──にぎやかは「制度の中の事業所」ではなく、「暮らしを取り戻す装置」だった
にぎやかを見学して強く残ったのは、「ケアの技術」よりも、「暮らしの再編集」でした。
介護・子育て・看取り・食・働くこと・遊ぶこと。分断されてしまったものを、もう一度つなぎ直す。その器として、にぎやかが存在している。
制度は便利です。けれど、制度のために暮らしがあるわけではありません。
にぎやかは、その当たり前を真正面から取り戻そうとしている場所でした。理由を聞かずに子どもを預かる。叫ぶ人を追い出さない。鍵を閉めない。支援者にならない。対等でいる。
それらは一見、過激にも見えますが実は人が人として暮らすために必要な最低限の前提なのかもしれません。
1000坪のかっぱ庵に、助産院が生まれる日。
死を見送り、命を迎える場が同じ敷地にある風景は、ただ珍しいのではなく、「暮らしの循環」を思い出させてくれるはずです。
にぎやかは介護事業所である前に、地域に必要な“居場所のインフラ”としてこれからも形を変えながら続いていくと、そう確信できる見学でした。
施設概要

- 運営会社 NPO法人にぎやか
- 施設名 デイケアハウスにぎやか
- HP https://www.nigiyaka.net/
- 住所 〒930-0845 富山県富山市綾田町1-10-18
- 業種 通所介護
※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。
























