2026.01.09 | u-map

赤ちゃんボランティアがいる特養・銀杏庵|北九州で介護が“地域にひらく”まで。

 

「赤ちゃんボランティアやラジオ局やっている介護施設、ご存じですか?」。

そんなお話をいただき、先日、北九州市にある特別養護老人ホーム銀杏庵 穴生俱楽部(以下、銀杏庵)を訪れるきっかけとなりました。

エントランスには自転車が並び、子どもたちの声が響き、カフェには親子連れが集っています。
廊下では高齢者と赤ちゃんが自然に視線を交わし、スタッフだけでなく地域の人が行き交う。

ここは「介護施設」であると同時に、地域の日常がそのまま流れ込む場所でした。
その背景には、明確な思想と、それを形にし続けてきた一貫したチャレンジがあります。

 

 

「赤ちゃんボランティア」という言葉を初めて聞くと、多くの人は驚きます。
なぜ介護施設に赤ちゃんがいるのか。なぜ“職員”なのか?

この取り組みが始まった背景には、コロナ禍で顕在化した社会課題がありました。
出産後、地域の子育てサークルや市民センターが閉鎖され、ママ友ができない。
特に転勤などで地域に知り合いがいない家庭では、孤立が深刻になっていました。

一方で、介護施設に暮らす高齢者もまた、家族と職員以外との接点が減り、社会との距離が広がりがちです。

この二つの孤立を、別々に解決するのではなく、同時にほどくことはできないか。
その問いから生まれたのが、赤ちゃんボランティアでした。

赤ちゃんと保護者が施設を訪れ、高齢者と触れ合い、地域の人と時間を共有する。
参加にノルマはなく、来られる時に来る。3歳まで関わることができます。

スタンプカードがあり、一定数たまると地域と連携した「おひるねアート」撮影会に参加できる特典もあります。

 

 

善意だけに頼らず、参加する側にも楽しみがある。
だからこそ、この取り組みは一過性で終わらず、5年に以上にわたって続き、登録者100人以上の赤ちゃんが関わってきました。

 

銀杏庵の館内で強く印象に残るのが、全居室が畳敷きの空間です。
特別養護老人ホームで畳を全面的に採用する例は、全国的にもほとんどありません。

しかし、この選択は「和風にしたかったから」ではありませんでした。
畳は転倒時の衝撃を吸収しやすく、大きな怪我につながりにくい。
職員にとっても、膝や腰への負担が軽減されます。

さらに、畳は表替えが短時間で済み、コストも抑えられる。
フローリングのように長期間部屋を使えなくなることもありません。
運営面でも合理的な選択なのです。

面会の場面では、畳の価値がよりはっきりと表れます。
床に座れるため、家族や友人が大人数で訪れても自然に成立する。
子ども連れの面会でも長時間過ごしやすく、看取り期には家族が泊まり込みで寄り添うことも可能です。

 

 

手すりもまた特徴的です。
丸い金属製ではなく、低めで平らな木製手すり。
在宅生活で、テーブルや棚に手をついて歩いていた感覚に近づけています。

空間そのものが、「管理される場所」ではなく、暮らしの延長として設計されている。
銀杏庵が大切にしているのは、高齢者を「利用者」ではなく「生活者」として尊重する姿勢です。

 

特徴の一つとして施設を地域に開いている点にあります。
その象徴が、100回を超えて続いているマルシェです。

毎月第3土曜日、キッチンカーや地域事業者が集まり、施設内外がにぎわいます。
入居者だけでなく、近隣住民や親子連れが自然に集まり、「今日はマルシェだから」と足を運ぶ。
介護施設に用事がなくても、来る理由がある。

施設内の駄菓子屋も、地域にとって欠かせない存在になっています。
近隣では駄菓子屋が姿を消し、ここが実質的に“最後の砦”となりました。
夕方になると小学生が走って買いに来る光景は、銀杏庵の日常です。

 

 

併設された喫茶スペースも、静かに過ごす場所ではありません。
子ども連れの利用を前提に設計され、親同士が会話をし、子どもが行き交う。
ランチ後に余ったご飯はおにぎりにして、夕方まで子どもたちに無料で配られています。

施設に入った瞬間から「ここは特養です」と感じさせない。
それこそが、地域に開かれた施設運営の本質だと感じました。

 

銀杏庵には、FMラジオ局のサテライトスタジオがあります。
介護施設にラジオ局。この組み合わせは一見突飛に見えますが、発想はとてもシンプルでした。

 

「介護施設に絶対来ない人を、どうやったら連れて来られるか。」

 

その答えの一つが、ラジオでした。

番組をやりたい人、話したい人、ゲストとして出演する人。
彼らは介護に興味がなくても、番組を理由に施設を訪れます。

地域の方や企業の代表、行政の方、飲食店の方の番組だけでなく、理事長自身の番組、職員やプロスポーツ選手の番組、さらには認知症の入居者が出演する番組まで制作されています。

時には地元アイドルがゲストに来て、ファンが集まることもある。

福祉を「正しさ」で語るのではなく、「面白さ」で開く。
ラジオは、銀杏庵と地域、社会をつなぐ強力な回路になっていました。

数々の取り組みは、決して思いつきの連続ではありません。
その根底には、理事長を起点とした一貫した姿勢があります。

それは、「困りごとや違和感に気づいたら、まずやってみる」というシンプルで力強いマインドです。

赤ちゃんボランティアも、ラジオ局の開設も、水耕栽培も、すべては「何かできることはないか」という問いから始まっています。

特徴的なのは、その問いに対して、法人の中だけで完結させようとしない点です。

銀杏庵は常に地域企業や地域の人たちと組むことで、挑戦を日常の風景に変えてきました。

 

 

たとえば水耕栽培は、地元企業からの設備提供をきっかけに始まりました。
レタスやエディブルフラワーを育て、100円で販売する。子どもが収穫し、親が買い、就労支援につながる。
これは「新規事業」ではなく、地域企業の技術と、銀杏庵の日常が自然につながった結果です。

ラジオ局も同様です。

介護施設にラジオ局をつくるという発想は、一見突飛に見えますが、「介護施設に来ない人を、どうやったら連れて来られるか」という問いに対する、極めて現実的な答えでした。

地域のFM局と組むことで、番組をやりたい人、話したい人、ゲストとして出演する人が、介護に関心がなくても施設を訪れる。

その結果、施設は“福祉の場”である前に、“地域の表現の場”としても機能するようになりました。

 

『福祉施設からはじまる 多世代ごちゃまぜ地域共生社会』 (権頭 喜美惠 理事長 著書)


 

福祉施設からはじまる、多世代ごちゃまぜの地域共生社会。高齢者・子ども・家族・地域が自然に交わる現場の実践から、これからの福祉と地域のあり方を考える一冊。

 

重要なのは、これらの挑戦が理事長一人の情熱で回っていないことです。

理事長が「こういうことをやってみたい」と投げかけると、現場では「じゃあ一旦やってみよう」という空気が自然に生まれる。
向いている人が関わり、違和感があれば修正する。うまくいかなければやめてもいい。
その判断基準が、特別な会議やスローガンではなく、日常の感覚として共有されている点に、銀杏庵の強さがあります。

 

地域企業と組むことは、単なる外注や協力関係ではありません。

「一緒に考え、一緒に試す仲間」を増やすことです。

その積み重ねによって、挑戦はイベントではなく、日常の延長になります。

理念が掲げられるだけで終わらず、行動として繰り返され、関わる人の判断基準になり、やがて文化として根づいていく。

銀杏庵で起きていることは、まさにそのプロセスでした。

理事長を起点に、地域とつながりながら、挑戦が特別なものではなく「いつものこと」になっている。
それこそが、この施設が次々と新しい風景を生み出し続けられる理由なのだと感じました。

多様なチャレンジを地域とともに展開する銀杏庵、一度見学する価値はあると思います。

 

  • 運営会社 社会福祉法人 もやい聖友会
  • 施設名  特別養護老人ホーム 銀杏庵 銀杏庵 穴生俱楽部
  • HP    https://moyai.or.jp/
  • 住所   〒806-0057 福岡県北九州市八幡西区鉄王二丁目2番36号
  • 業種   特別養護老人ホーム

 

※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。

 

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