2025.05.24 | u-map
半農半介護という選択肢──ひろんた村 母屋が描く次世代の介護モデル

五島列島の深い山あい、長崎県新上五島町にある「ひろんた村 母屋」。
ここは、介護施設でありながら農園や養豚、養鶏、そしてお菓子作りなどの営みが日々展開されている、“暮らしそのもの”が介護とつながった場所です。
今回見学を通して、この場所がどのように生まれ、どんな日常が流れ、どのような未来を描こうとしているのかを知る機会を得ました。自然と人、そして介護が共にあるこの村の魅力と課題についてご紹介します。
暮らしのすべてが「体験」

有料老人ホームひろんた村 母屋は一般的な有料老人ホームとは異なる取り組みとして独自性に溢れています。母屋の前に広がる農園は、まるで一つの小さな生命体のように活気に満ちていました。約1ヘクタールの畑では、無農薬で季節の野菜や米、麦などが育てられており、スタッフと利用者がともに鍬を持ち、汗をかいている姿はとても自然なものでした。介護される側とする側という枠を超えて、一緒に土を触り、作物を収穫し、食卓に並べる──その営みが日常なのです。
奥には養鶏小屋には平飼いで育てられている鶏たちが元気に動き回り、放牧された豚たちが泥遊びをしながらゆったりと暮らしていました。ここでは動物たちにも「その動物らしい暮らし」が保障されていて、効率よりも命への尊重を第一にしていることが感じられます。
また、加工場ではハムやベーコン、ソーセージといった肉製品が手作業で丁寧に作られ、隣のキッチンでは焼き菓子やパン、自家製のジャムが仕込まれていました。驚いたのは、これらの工程の一部に入居者も一緒に関わっているということです。
包丁を握ったり、ラベルを貼ったり、試食をしたり、一人ひとりの「できること」に応じて、参加の場があるのです。
“半農半介護”の原点と誕生の背景

「ひろんた」とは「広ノ谷(ひろんたに)」を意味し、2018年の冬に開所して以来、高齢者が自立と自然の中で共に生きる場として注目されています。
運営の根底には、理事長ご夫妻の長年の自給自足生活と理事長親せきを通じて思い描かれた「寄り添う場を多くの人と共有したい」という強い思いがありました。そして、“衣食住からエネルギーまで自分で作る暮らし”の継承と、高齢期を地域で迎える場所づくりという二つの想いから、現在の母屋が生まれています。見学中には、そうした背景が丁寧に語られ、その思いが伝わってきました。
さらに、スタッフ募集ページでは、「半農半介護」というライフスタイルに共感する人々を求めています。釣りや山仕事、大工仕事など多彩な田舎暮らしのスキルを生かし、最低限の現金収入を得ながら、自分の暮らしを自分で作り、自給自足を楽しむスタイル──それがここで提唱されている生き方なのです。
こうした背景を知ることで、母屋は単なる介護施設ではなく、自らの暮らしと介護をつなぎ直す「設計された生活共同体」であることが伝わってきました。
暮らしのリアル──独自性と課題
見学中、スタッフと利用者が畑で一緒に体を動かす様子がありました。利用者ができることを最大限に活かし、見守りながら支える「丁寧な介護」の姿勢は、理事長が語っていた通り、「過剰な手助けはしない」というポリシーに基づいています。
農と介護、食づくりがつながるユニークな取り組みです。畑で育つ野菜や穀物、平飼いの鶏や放牧豚は、利用者とスタッフの共同作業によって手間をかけて育まれています。その収穫物は、加工所でハムやソーセージ、さらに焼き菓子やジャムへと手がけられ、地域向けやECサイトで販売されています。無農薬・有機栽培、手作り加工、地域交流──すべてが一体となった循環がこの施設にはあります。
これだけ独自性に突き抜けていますので多数のメディアでも紹介され、「ちょっと変わった有料老人ホーム」として社会に広く認知されているので拡がる共感の輪を支え、今後の展開に大きな力を与えています。
一方で全く課題がないわけではありません。
自給自足を目指す一方で、現実的に賄える食材は約50〜60%。豆腐などの加工品や調味料は購入に頼る部分が大きく、理想と現実のギャップが見え隠れしていました。これは自給率の限界を示しており、「できる限り自給する」という理念と「現実に必要」な部分との折り合いをどうつけていくかが今後の重要課題です。
また農作業や加工にはどうしても人手と時間が求められます。「時間がかかるからこその豊かさ」が見学中にも語られていましたが、その一方で安定して継続的に行うためには、人材の確保が不可欠です。
定着については、パート中心で「週1回からでも都合に応じて相談可」と柔軟な働き方を打ち出していることが強みです。また「農作業や調理好きな人優遇」「最小限の現金収入で、残りは暮らし作りに充てられる」という働き方は、都会では得られない魅力としてアピールされており、移住者や自給志向の若者にとって参加のハードルは低いようです。
半農半介にご興味ある方はぜひお問い合わせしてみてください。
(お問い合わせ)https://www.hironta.com/contact
今後の展開と未来への広がり
見学で最も印象的だったのは、母屋が「ここでしか実現し得ない介護の姿」を目指して設計された点です。上述の通り、理事長の自給自足の実体験と、家族を看取った経験がこの施設の礎となっており、「自給技術の継承」と「寄り添う介護」の二軸が有機的に結ばれています。
また、地域の過疎化・人口減少、高齢化が進む日本の現状において、従来の介護施設モデルの限界が社会的にも課題となっており、ひろんた村は「農や生活の営みと介護を重ねる」というまったく新しい棲み分けを提案しています。このような背景の中で、行政や研究機関も地域の複合的な福祉施策としての関心を高めています。
改めて、自然豊かな風景以上に、「考え抜かれた介護の形」「人と自然がつながる暮らし」「未来への問いかけ」を鮮明に伝えてくれました。スタッフと利用者が互いに支え合い、手を動かし、言葉を交わす、その温かな関係性です。そして、その先には、自立を尊重し、共生を問いかける日本の介護の未来があります。
施設概要

- 運営会社 特定非営利活動法人 村づくり会議
- 施設名 ひろんた村 母屋
- HP https://www.hironta.com/
- 住所 〒853-3321 長崎県南松浦郡新上五島町鯛ノ浦郷87−658
- 業種 住宅型有料老人ホーム
見学などのご要望がございましたら上記のHPへお問合せください。
※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。