2025.11.24 | u-map
16床の介護施設「結の樹」に学ぶ|地域共生×DXでつくる新しい小規模モデル

名古屋市天白区の住宅街の一角に、「研究ラボ」のような介護施設があります。
住宅型有料老人ホーム「結の樹(ゆいのき)」。定員わずか16名のこの小さなホームでは、介護と地域、デジタルとアナログ、大人と子ども――さまざまな境界線が心地よく“ぼかされて”いました。
当初は介護×AR型砂場サンドボックスという観点からご訪問予定でしたが、色々とお話を深ぼっていきますと結の樹の緻密な戦略や取り組みを知ることができました。
今回は、「地域共生するガウスプロジェクト」「アイドリング時間を使ったプログラミング教室やAI事業」「従業員のキャリア支援」「うまくいかなかった取り組みからの学び」「16名だからこその戦略」という5つの軸から、結の樹の見学レポートをお届けします。
Contents
「分からなかったら結の樹に聞け」──ICT・AI相談窓口としてのポジション取り
「割り切ってるんです。ICTとかAIで分からないことがあったら『結の樹に聞いとけばいいよね』ってポジションを取りにいこうと思っていて」
そう話してくれたのは、「結の樹」を率いる丸山さん。
ご自身も「日々勉強中」と笑いながら、ホームページを自社でAIを使って制作したり、福祉職向けのAI研修を開講したりと、介護現場の“DX係”を自ら引き受けています。
元々、丸山さんのキャリアは少し変わっています。
専門学校ではパティシエを学び、その後は名古屋マリオットホテルでブライダルや企業パーティーの運営に携わりました。華やかなウェディングの世界で接客と段取りを学び、その後は経営コンサルティング、ブライダル系のイノベーション企業…といくつかの仕事を経て、マリオット時代の上司の誘いから福祉業界へ。
「最初から福祉をやりたいと思っていたわけではないんです」と本人は言います。それでも、誘ってくれた人への信頼、子どもの誕生というライフステージの変化もあり、“誰と働くか”を軸に福祉へ舵を切りました。
「この施設を立て直してほしい」──。
運営母体が変わるタイミングで、そう声を掛けられたのが丸山さんと「結の樹」の始まりでした。
施設長として現場に入り、紆余曲折を経て代表へ。オーナーと密に連携を取りながら、あくまで現場視点を大切にする姿勢を貫いています。
そうして2018年頃から積み重ねた7〜8年の月日が、16床の施設をかけがえのない“挑戦の拠点”へと育て上げました。
小さな16床だからこそ、「戦略的に挑戦できる場所」にする
結の樹は、住宅型有料老人ホーム16床という“小さな規模”を弱みではなく「挑戦のしやすさ」という強みに変えてきました。
平均介護度4の重度の方が多く、日々のケアは決して軽くありません。
それでも丸山さんは、16床だからこそ「最新技術の導入や運用改善をトライ&エラーしながら個別ケアに昇華できる」と言います。
施設内では、テレビの代わりにYouTubeやスイッチを活用し、日中活動量が増えて夜間の睡眠が安定。小さな工夫を繰り返すなかで、「試して、反応を見て、また変える」というサイクルが自然と組み込まれています。
その象徴がAmazon Alexa を使ったIoT化です。
居室にアレクサを配置し、
- 照明のオンオフ
- カーテンの自動開閉
- 天気や時間の音声通知
- 音楽やラジオの再生
など、日常の小さな動作をゆるやかに自動化しています。

朝、「おはよう」と声をかけると自動でカーテンが開き、部屋に光が入り、これだけでも入居者の目覚めが比較的スムーズになり、生活リズムの乱れが少なくなるケースがあります。
職員側も、毎日何十回も行う細かい作業が省かれることで浮いた数分を“入居者さんとの会話”に回せる ようになりました。
大規模施設では導入・調整だけで大きな負担になるIoTも16床だからこそ反応を見ながら柔軟に調整できるのが結の樹の強みです。
「最新テクノロジーを入れる目的は“仕事を減らすため”ではなく“人に向き合える時間を増やすため”にこの規模感はその実験にすごく向いているんです」
丸山さんはそう語ります。
地域と世代を“ぼかす”「ガウスプロジェクト」

そんな結の樹の独自性を語るうえで外せないのが、「ガウスプロジェクト」です。
名前の由来を聞くと、少し意外な答えが返ってきました。
「ガウスぼかしってあるじゃないですか。動画編集とかイラストで境界線をふわっとぼかすあの効果です。あれと同じように、世代や立場の“境界線をぼかす”プロジェクトにしたいなと思って、『ガウスプロジェクト』と名付けました」
活動の中心は、施設前で定期的に開催される「野菜詰め放題」と「キッズインターン」です。
100円玉を握りしめた近所の子どもたちが、袋いっぱいに野菜を詰めるイベントです。
物価高騰が続く中、「B級・C級の規格外野菜を活かそう」という構想もありましたが、実際はネット等で仕入れています。
「25袋くらいしか詰められないので毎回7,000〜8,000円は確実に赤字です。でも、それは“広告宣伝費”なんですよね。1万円の広告費で、地域の子どもと親御さんにこれだけの体験と会話が生まれるなら、むしろ安いと思っています」と丸山さん。
子どもたちは野菜を詰めながら、家の冷蔵庫の中身を思い浮かべます。
「うちは玉ねぎがいっぱいあるから、人参たくさん持って帰りたいんだ」と話す子もいれば、家に帰って親に褒められ、その経験が“また行きたい理由”になります。
ガウスプロジェクトでは、子どもたちが店員役を務める「キッズインターン」も行っています。
お部屋の掃除やシーツ交換を手伝い、準備したごはんやお味噌汁を配膳し、一緒に食べます。
2〜3時間のインターンを終えた子どもたちは、「2~3時間でも大変なのにお父さんお母さんは8時間も働いてるんだ、すごい」と口にします。
丸山さんは最後に必ず、「家に帰ったら“いつもありがとう”ってちゃんと言ってね」と伝えて送り出すそうです。
その光景を、窓越しに眺めている入居者さんたちがいます。
「野菜はたくさん入れるにはもっとビニールをこうやって広げたらええ」と子どもたちの笑い声に誘われて外に出てきて、生活の知恵を教示したり、野菜を切り出したり焚き火で焼き芋を一緒に食べるおばあちゃんたちです。
子どもの無邪気なエネルギーが施設の中へも自然と流れ込みます。
「この子たちの親御さんのお父さんやお母さんも、将来には介護が必要になる。そんな時に介護施設という場が身近であればと考えています。『あのまるちゃん(丸山さん)のところなら…』と思い出してもらえるように、時間をかけて地域と繋がる感じです」

ガウスプロジェクトは、野菜詰め放題のほかにも、バケツで稲を育てて収穫し、脱穀して炊いて食べる食育企画や、子どもたちの手形で作った看板、さらには地域との合同防災訓練など、地域を巻き込んだ小さな試みが積み重なっています。
今後は、地域デザインの賞や海外のアワードにもチャレンジしようと、AIと壁打ちしながら応募資料を作っているところだそうです。
アイドリング時間を価値に変える「プログラミング教室」とAI事業
結の樹では、介護保険外事業として教育事業とデジタル事業を並走させています。
1つ目は、施設内スペースを活用した子ども向けプログラミング教室です。
夕方の食事が終わった後、デイルームは地域の子どもたちの学びの場に変わります。フランチャイズのカリキュラムを導入し、職員が40時間の研修を受けて講師を務めています。
「まだ生徒さんは3人くらいで集客はこれからですが、1年やって流れはだいぶ見えてきました。デイサービスや有料老人ホームの“空き時間”とプログラミング教室は、実は相性がいいと思うんです。箱代もいらないし、スタッフの新しいキャリアにもなると思います。」
2つ目は、AIやICTを現場目線で翻訳する“橋渡し役”としての事業です。
福祉現場では今もFAXが現役でAIやDXの話は「呪文」に聞こえやすい傾向がいまだに残っています。
一方で、AIマーケやチャットボット、VR研修など、テクノロジー側からのアプローチは日々進化しています。
「プロのエンジニアが直接現場に入っても、福祉の人たちが何に困っていて、どこを効率化したらいいのか、なかなか噛み合わないことが多いと思います。福祉とデジタルの“通訳”をするのは、私たちのような現場出身者の役割じゃないかと感じていています。」
結の樹では、レクリエーションの企画書をAIと一緒に作る実験も進めています。
これまで職員が2時間かけて作っていた季節イベントの企画を、AIにたたき台を出してもらうことで20分に短縮し、その分の時間を入居者さんとの準備や対話に充てる、という考え方です。
「もし企画書が微妙でも、『AIが出した案だから』と割り切れる分、職員の精神的な負担も減りますよね(笑)。人がやるべきところに時間と心を使って、機械でいいところは機械に任せる。そんなケアの形を増やしたいんです。」
ホームページ制作もAIを活用して内製し、今後は他法人のサイト制作・運用を請け負うことも視野に入れています。
その際には、職員に技術を教えて副業として受託してもらうことで、「結の樹の外側でも稼げるキャリア」を用意したいと考えています。
デザイナー、副業、CA志望…従業員のキャリアを“施設の外”まで見据える



結の樹の中を案内してもらうと、壁には多くのポスターやパンフレットが貼られていました。
オンラインツアーの告知、認知症カフェのマップ、行政のユーザー評価事業の案内など、どれも柔らかい色合いと分かりやすい構成で、介護現場の利用者や家族目線に寄り添ったデザインです。
それらの多くを手がけているのは、もともと結の樹の職員として入職し、途中で独立してデザイナーになり、今は副業としてデザイン業も続けているスタッフがいます。
福祉の現場をよく知るからこそ、「高齢者にも家族にも伝わりやすい表現」ができ、プロのデザイナーよりも“かゆいところに手が届く”制作が強みになっています。
「結の樹に関わる人の人生が豊かになるように、というのがうちの理念です。だから、職員がここで培ったスキルで外の仕事を受けられるなら、むしろどんどん後押ししたいんです」と丸山さん。




キャリア支援は若い世代にも広がっています。
CAを目指していたものの、コロナ禍で採用枠がなくなり進路に迷っていた若者には、「まずは福祉で3年修行して介護福祉士を取ってから、CAに行ったらどう?」と提案したそうです。
フィジカル(身体)、ナレッジ(知識)、メンタル(精神力)――
そのすべてが求められる介護現場での経験は、どの業界に行っても通用する“土台”になるからです。
実際、その若者は介護福祉士を取得し、今も結の樹で働き続けています。続けている理由が「福祉が楽しい」という事で、涙が出るくらい嬉しい気持ちと、CAの道を応援したい気持ちの狭間で揺れていると笑います。
今後は、就労継続支援B型事業所や地域に開いたカフェなど、「福祉×働く」をテーマにした場づくりも構想中です。
ただし、あくまでも主軸は「福祉」「デジタル」「教育」の3本柱です。
介護保険に大きな変化があっても揺らがないよう、収益源を分散しつつ、職員がそれぞれの興味関心に応じてキャリアの“枝”を伸ばせるように設計していきたいといいます。
うまくいかなかった挑戦から学ぶ──ヤギとサンドボックスの“しくじり”
結の樹の面白さは、「うまくいった取り組み」だけでなく、「うまくいかなかった挑戦」も包み隠さず話してくれるところにあります。
印象的だったのは、裏庭でのヤギ飼育の話でした。
雑草を食べてくれる“エコ除草”と、アニマルセラピーの両立を狙い、2匹のヤギをレンタルで導入し、想定通り、子どもたちにも大人気でイベント時にはふれあいコーナーとしても盛り上がりました。

しかし、土地との相性が良くなかったせいもあり、ヤギの体調が優れなくなってしまいます。
またヤギは雑草を食べてくれる一方で、タピオカのような丸い糞をあちこちに落としていくため清掃の負担が想像以上に重く、わずか3ヶ月でレンタル元へお返しすることになったそうです。
「ヤギレンタルを近所の庭仕事と組み合わせて、職員の副業にもできたら面白いなと思っていたんですけどね。アイデアとしては良かったけれど、運用面で折り合いがつかなかった典型的なパターンでした」と丸山さんは振り返ります。



*AR砂場「iSandbox(アイサンドボックス)」の取り組みの様子
もう一つの例が、AR砂場「iSandbox(アイサンドボックス)」です。
ロシアの会社が開発した“プロジェクションマッピング砂場”を世界で初めて福祉施設に導入し、指先の運動や箱庭療法との相性も良いと話題になりました。地元のメディアや福祉関係者の見学も増え、結の樹が全国の事業所とつながるきっかけにもなりました。
しかし、コロナ禍以降、感染症対策の観点から“共有の砂場”への懸念が高まり、社内でも「本当に続けるべきか」という議論が起こります。
要介護度の高い入居者のうち、実際に使えるのは数名であり、16床の中で大きなスペースを専有させ続けることのバランスも課題になりました。
最終的には、福祉専門学校や近隣の保育園に貸し出し、地域に無償で提供していく方向へシフトしました。
「雑食でなんでもやって、今残っているのがガウスプロジェクトやAI、プログラミング教室なんです。終わった取り組みも含めて、“やってみてやめる”ことをちゃんと選べるのが、小さな16床の強みでもあると思っています」
施設を増やさない戦略──福祉×デジタル×教育の「三本柱」で生き残る
一見すると、地域イベントや教育事業、デジタル事業をいくつも併走させている結の樹ですが、その根底には非常に現実的な視点があります。
「2040年くらいまでが高齢者人口のピークと言われていて、その先は確実にマーケットが縮小していきます。今から施設をどんどん増やしていくのは、リスクの方が大きいと感じています。」
同じ看板で施設を展開すれば一つの事故が全拠点の信用を揺るがすリスクもあります。
人材不足が深刻化する中で、“質を落とさずに広げる”のは簡単ではありません。
だからこそ、結の樹では「施設を増やさない」と決めました。
代わりに、福祉事業(介護)、デジタル事業(ICT・AI・システム開発)、教育事業(プログラミング教室やAI紙芝居、高校・大学での授業)の3本柱を、それぞれ同じくらいの売上規模に育てていく構想を描いています。
結の樹という16床のホームは、そのための“研究ラボ”です。
ガウスプロジェクトで地域共生のモデルを作り、AI研修やVR研修でデジタルのノウハウを磨き、プログラミング教室やキッズインターンで教育コンテンツを育てながら、そこで得られた実績とストーリーを持って他施設への伴走支援に活かしていくことも視野に入れています。
「再現性のある仕組みは外に渡せるし、結の樹にしかない空気感は、ここに来た人に体感してもらえばいい。小さな施設だからこそできる戦い方だと思っています」
「明日から真似できること」を積み上げる、16床の研究室
見学を終えて感じたのは、結の樹が「明日から真似できる小さな工夫」を積み重ねている場所だということです。
- YouTubeやスイッチを活用した日中の活動づくり
- Amazon Alexa を使ったIoT化
- AIでレクリエーション企画書を作り、浮いた時間を対話に回す工夫
- 職員の得意を活かしたデザインや副業支援
- 子どもたちの野菜詰め放題とキッズインターン
- アイドリング時間を使ったプログラミング教室
そして、その裏側には、ヤギのレンタルやAR砂場など、「うまくいかなかった実験」も大量に眠っています。
丸山さんはそれらを「失敗」とは呼ばず、「やってみて次に進むためのデータ」として笑いながら話してくれました。
16名の小さなホームだからこそ、挑戦も撤退も方向転換も素早くでき、地域やデジタルとともに働く人のキャリアとともに成長していく“研究室”としての介護施設になっています。
「結の樹」の取り組みは、介護保険の枠を超えて、これからの施設戦略として非常に参考になる事例であると感じました。
施設概要

- 運営会社 株式会社 結の樹
- 施設名 住宅型有料老人ホーム 結の樹天白
- HP https://yuinoki.ltd/
- 住所 〒480-1146 愛知県長久手市片平一丁目1009番地
- 業種 住宅型有料老人ホーム
※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。