2025.05.31 | u-map

地域と福祉が重なる場所|52間の縁側のいしいさん家

地域と福祉が重なる場所|52間の縁側のいしいさん家

 

「グッドデザイン大賞受賞の介護施設って見学に行かれましたか?」

千葉県八千代市にある「52間の縁側のいしいさん家」は、まるで“まちの縁側”のように、誰もがふらりと立ち寄れる介護の拠点です。ここはデイサービスでありながら、認知症の方、若者、外国にルーツのある人々、大学生、地域の子どもたち——さまざまな背景を持つ人たちが肩を並べ、“ごちゃまぜ”の日常を過ごしています。

建築家・山﨑健太郎氏との協働で生まれたこの空間は、制度や機能ではなく「暮らし」を中心に据えた設計が施され、2023年にはグッドデザイン大賞も受賞。段差のない縁側、仕切りのない空間、そして人と人とが交わる動線設計によって、「支援の場」ではなく「共にある場」が成立しています。

今回は現地のリアルな風景とともに、いしいさん家が育んできた“ありのまま”の実践、地域との関係性、そして今後の展望までを掘り下げ、これからの「ケア」と「地域」のヒントを探ります。

「52間の縁側のいしいさん家」(以下、いしいさん家)の門をくぐった瞬間、思わず深呼吸したくなるような空気が流れていました。広い土間、柔らかな自然光、木のぬくもり、そしてところどころから聞こえる笑い声。どこか懐かしいけれど、ここにしかない空間がそこにありました。

目の前には広い敷地が広がり、畑には季節の野菜が青々と育ち、隣のスペースでは一匹のヤギがのんびりと草をはんでいます。室内に入ると、猫が気ままに歩き回り、日だまりのなかでうとうとと眠っています。そんな光景もまた、“この家の日常”の一部です。

この場所では、“誰が利用者で、誰がスタッフか”が一見してわかりません。地域のお年寄りが子どもに折り紙を教えていたり、スタッフの子供が利用者へお茶を入れや入浴のお手伝いをしたり、大学生が猫を交えて利用者と笑い合ったり——そんな風景が、何の違和感もなく流れているのです。

不定期ではありますが大学生らがボランティアや実習の一環としてこの場所を訪れています。彼らは利用者と一緒に野菜を育てたり、調理をしたり、ときにはおしゃべりを楽しんだり。高齢者にとっても、若い世代との交流は心の張り合いになっており、互いにとって大切な“日常の一部”になっています。

また、近所の子どもたちもよく遊びに訪れます。縁側でシャボン玉を飛ばしながら、猫を撫でたり、畑の野菜を興味津々でのぞき込んだり。いしいさん家は、特別なプログラムがなくても、人が人を引き寄せ、関わりが自然と生まれる場として機能しているのです。

「“制度の枠”では救いきれない人がいる。だったら、最初から“暮らし”をベースにした場をつくろうと思ったんです」。

そう語るのは代表の石井英寿さん。介護職として現場で長年働いてきた経験から、多様な背景を持つ人々が“自分のまま”でいられる場の必要性を痛感してきたといいます。

いしいさん家の「ごちゃまぜ」は、決して混沌ではありません。交わりと理解、そして共に時間を過ごす中で育まれる“共生のスタイル”なのです。

「支援」や「サービス」という言葉に頼らず、ただ“ありのまま”で過ごせる日常をつくること。それが、いしいさん家の根底に流れる考え方です。ここには、認知症が進んだ方、長年引きこもっていた方、過去にトラブルを起こしたことがある方、そして言葉の壁を抱える外国にルーツを持つ方もいます。それでも皆が何らかの「役割」を持ち、この場所の一員として活躍しています。

例えば、日本語がたどたどしい方もスタッフとして活躍したこともありました。ペルー人の女性は、以前は地域との接点がなく、言葉の壁から孤立感を抱いていたそうです。けれど、いしいさん家で「厨房で野菜を切ってほしい」「畑の収穫を手伝ってほしい」と声をかけられたことで、少しずつ「役割」を得て、今ではスタッフの一員としてなくてはならない存在になっています。

また、大学生たちが主体となってイベントを開催する機会もあります。例えば、夏祭り(流し素麺、射的、スイカ割りなどなど)やアートイベント(パネルディスカッション、アート展示、ワークショップなど)と単なる“支援の現場”ではなく、“まちの縁側”として、関係性を深めるハブのような存在になっているのです。

もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。
多様な方々が関わることでイレギュラーが起こることもありますが、それも含めて「関わり方に正解はない。でも、そこで関係を切るのではなく、対話し続けることが大事なんです」。失敗も含めて、関係性を育てていく——それが“ありのまま”の実践であり、福祉の本質なのかもしれません。

いしいさん家には、地域とのつながりを大切にしながら、すべての人が“わたしのまま”でいられる空気があります。できることも、できないことも含めて、その人らしさを尊重し、互いに支え合う関係性が、この場所の“日常”をつくっているのです。

いしいさん家は、2023年グッドデザイン大賞を受賞しました。高く評価されたのは、「福祉施設」という枠を超え、“誰もが自分のままで過ごせる暮らしの場”を、建築そのものによって実現している点でした。

設計を手がけたのは、建築家・山﨑健太郎氏。代表の石井英寿さんとともに、「制度では支えきれない人たちにとっても、居場所となる空間とはどのようなものか?」という根本からの問いを重ね、数年にわたる対話と試行錯誤の末に、この場所が生まれました。

建物の最大の特徴は、名前にもある全長52間(約100メートル)あるとされる縁側です。これは単なる移動のための通路ではなく、地域と中をつなぐ開かれた境界であり、関わりが生まれる“場”そのものです。地域の子どもが遊びに来て、猫が日向ぼっこをし、来訪者が気軽に腰かけ、行き交う人同士の対話が自然と始まる——縁側はまちと介護、生活と支援、内と外をやさしくつないでいます。

空間内部も、カフェスペース、土間、畳の間、厨房などがゆるやかにつながり、仕切りを極力なくした構造になっています。段差を排除し、視線の通りを意識し、畳や木材など手ざわりの良い素材を多用。この建築のどこを切り取っても、「その人がその人らしくいられる」ことが優先されています。

グッドデザイン大賞の公式評価では、この建築が単に「見た目の美しさ」ではなく、「暮らしのあり方そのものを問い直す社会的提案である」ことが評価されました。以下は審査委員の講評からの一節です:

「制度と建築、ケアと暮らしを空間の力で融合し、社会に開かれた新しい福祉のかたちを提案している。制度の枠におさまらない人々の包摂を、建築の力で叶えている点に深く感銘を受けた。」

特筆すべきは通所介護という制度上の枠組みを活用しながら、その制度の“隙間”にある人々も受け止める設計・運用がなされている点です。外国にルーツがある方、認知症が進行している方など、制度では支援が難しいとされる人々が、ここでは自然なかたちで“居場所”と“役割”を得ています。

建築家の山﨑健太郎氏は、「制度を否定するのではなく、制度の中でこぼれ落ちる人を、建築で包む」と表現しました。この考えは、空間すべての設計意図に反映されています。

石井さんもまた、「建物は、人と人との関係性を形づくる力がある。だったら、最初から“排除しない関係”が育まれるような構造にすればいい」と語ります。

建築が制度と暮らしの“境界”をやわらかくし、関係性を育てていく。この空間はまさに、“ケアのある社会”を建築というかたちで実現した、ひとつのモデルといえるでしょう。

いしいさん家はデイサービスという制度の枠の中でありながら、制度の枠に収まらない人々をも包み込む場として、多くの注目を集めてきました。

その実績と思想は少しずつ地域の外にも広がりはじめています。近年では、他地域の福祉関係者や建築関係者、教育・行政関係者の視察も増え、全国各地から「同じような場を自分たちのまちにもつくりたい」という声が寄せられるようになっています。

「大切なのは、この“空気”や“関係性”を、各地の風土や文化に合わせてアレンジできるかどうか。いしいさん家を“テンプレート”にするのではなく、“問いのヒント”として持ち帰ってほしい」と語っています。

また、すでに始まっている取り組みとしては以下のものがあります。

  • 学生との協働による実践型学習の継続(地域福祉・建築・教育分野)
  • 地域全体をフィールドとした“まちぐるみの福祉”の検証
  • 多様な人が“働ける場”としての就労的支援・運営参加の可能性の拡張
  • 福祉施設ではない人の流れ——まちの人、観光客、アーティストなどとの接点創出

 

「施設」ではなく「まちに開かれたプラットフォーム」としての姿をより明確にしていこうという動きが見られます。

特に、いしいさん家が「ケアの場」にとどまらず、「共生の社会づくり」の実践現場であることを示しています。今後はこうした多国籍な背景を持つ人々の参画もさらに増やしていきたいとの構想もあるそうです。

将来的には、こうした“場づくり”を志す人たちが学び合えるような、小規模な合宿・滞在プログラムや、地域福祉版の実践者ネットワークの創出も視野に入れているとのことでした。

 

  • 運営会社 有限会社オールフォアワン
  • 施設名  52間の縁側のいしいさん家
  • HP    https://www.ishiisanchi.com/
  • 住所   〒276-0015 千葉県八千代市米本1318-1
  • 業種   通所介護

 

見学などのご要望がございましたら上記のHPへお問合せください。

 

※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。

 

 

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