2025.05.26 | u-map
シェアハウスが実現する外出制限のない”日常”

「外出制限がない介護施設ってご存知でしょうか?」
先日こんな情報をいただき、見学させていただいたのが福岡県北九州市にあるGLAD Life Createの運営するシェアハウス(以下、シェアハウス)です。介護の現場では、「安全」「効率」「管理」が重視されるあまり、利用者一人ひとりの「したいこと」や「生き方」が置き去りにされてしまうことが少なくありません。
シェアハウスで実践されている“制限のない外出支援”というユニークな取り組みも、最初からすべてがスムーズに進んだわけではありませんでした。この支援がどのような思いから生まれ、どのような試行錯誤を経て今の形になったのか――その背景には、介護の本質を見つめ直す深い問いと、人としての尊厳を守るための強い意志がありました。
制限のない外出支援
「制限のない外出支援」は、まさに施設の存在意義を体現するような取り組みです。一般的な介護施設では、利用者が外出する際には事前の手続きや家族の同意、時間の制限など、いくつものハードルが存在しています。しかし、大浦家ではそうした制約を極力取り払い、利用者が「行きたい」「やってみたい」と思ったその時に、それを実現する体制を整えています。
ある女性の利用者は、「夏祭りに浴衣を着て行ってみたい」と希望を口にしました。スタッフはすぐに対応し、近所で浴衣を調達し、着付けとヘアセットをサポート。当日は神社の盆踊りに参加し、屋台で綿菓子を買うなど、青春を取り戻すかのような時間を楽しんでいました。別の利用者である男性は、「もう一度温泉に浸かりたい」という想いを話しました。その願いに応えるべく、スタッフは車椅子対応の宿を探し、大分県の温泉地へ一泊旅行を企画。現地では名物料理を堪能し、露天風呂を満喫しながら、「人生で一番贅沢な旅だった」と嬉しそうに語ったといいます。
さらには、「もう一度思い切り歌いたい」「体を動かしてみたい」という声から、カラオケやボーリングを楽しむ外出も実施されています。懐かしい昭和歌謡を熱唱したり、軽く補助を受けながらボールを投げたりすることで、「まるで学生に戻ったみたい」と涙ぐむ利用者もいました。こうした一つひとつの体験が、単なる娯楽ではなく、生きる意欲や自信を育てているのです。
もっと日常的なシーンでは、「今日はとんかつが食べたい」「近所のスーパーに行きたい」といったささやかな願いにもスタッフは快く応じます。家族と外食に出かけることも、連絡一本で実現できる環境が整っており、利用者が自由に暮らしている実感を持てることは、他にはない安心感に繋がっています。
こうした取り組みは現在でこそ定着していますが、実は始めからうまくいっていたわけではありません。外出支援を導入した当初、現場のスタッフたちの中には戸惑いや疑念を抱く声も少なくありませんでした。「高齢者を外に連れ出すのは危険ではないか」「もし事故があったらどうするのか」といった声が上がり、利用者の希望よりも“守るべきルール”や“リスク管理”が優先される場面もありました。
しかし、代表の砂川さんはスタッフ一人ひとりと対話を重ね、「介護とは本来、できないことを制限するのではなく、“できる方法”を一緒に考えることなのだ」という理念を丁寧に伝えていきました。実際に外出支援を実行し、利用者の喜びや変化に触れることで、スタッフの意識も徐々に変化していったのです。
「浴衣を着て出かけたあの日、利用者さんが少女のように笑っていた」「温泉から戻った男性が“また行きたい”と笑顔を見せてくれた」――そうした場面に直面するたびに、スタッフたちは「これは“特別なケア”ではなく、その人らしく生きるために必要な支援だ」と実感するようになりました。
利用者の反応も非常に好意的で、「施設に入ったら好きなことができないと思っていたけど、ここは違う」「昔できたことが今もできる。それが生きる力になります」「次は紅葉を見に行きたい。こうして楽しみがあると毎日が待ち遠しい」といった言葉が自然と口からこぼれます。その背景には、日頃から利用者の思いや表情に敏感に寄り添い、「できない理由」ではなく「どうすればできるか」にフォーカスする職員の努力があります。そうした中でこそ、利用者は「自分の人生を楽しむことができる」と感じられるのです。
この「制限のない外出支援」は、単なるイベントやレクリエーションの域を超え、「高齢者も自分の意志で行動を選び取れる」という、人としての尊厳と自立を支える哲学に根ざしています。外に出ることが、気分転換になるだけでなく、新たな発見や交流を生み、日々の暮らしの中に張り合いや笑顔をもたらしているのです。
こうした実践は、介護という枠を超えた“暮らし”そのものを見直す機会を私たちにも与えてくれます。年齢や障がいを理由に諦めるのではなく、「今」を精一杯楽しむ。その自由がしっかりと支えられている場所、それがシェアハウス大浦家なのです。
この取り組みが生まれた背景



この取り組みは、単なるアイデアや流行に乗った施策ではありません。その根底には、施設運営者である砂川さんの深い問題意識と、介護の現場で積み重ねてきた経験、そして「人が生きるとはどういうことか」という根本的な問いへの真摯な向き合いがあります。
砂川さん自身、介護の世界に長年身を置いてきた中で、多くの施設を見てきました。その中で強く感じたのは、「利用者の生活が“管理されるもの”になってしまっている」という現実でした。時間割で動く毎日、決められた食事、決められた外出先、限られた自由――そのような生活の中では、利用者は“生かされている”存在にとどまり、“生きている”という実感が得にくいのではないか。そんな疑問が、彼の中で膨らんでいったのです。
そしてもう一つ、強い原体験となったのが、ある高齢者との出会いでした。要介護の状態で施設に入所していたその方は、かつては旅行が趣味だったそうですが、施設では自由に外出することが難しく、次第に笑顔を失っていったといいます。その姿に「本当にこれはその人らしい暮らしと言えるのだろうか」「介護とは一体何なのか」と強く心を揺さぶられました。
こうした想いから、「誰かの“当たり前の暮らし”を、制度やルールで諦めさせたくない」という信念が形となり、「じゃあ自分がつくろう」と一念発起。その結果、選んだのが“介護施設”という名ではなく、“シェアハウス”という生活に根差した形態でした。
「シェアハウス」という言葉には、暮らしを共にし、支え合いながら過ごすという、柔らかくも温かなニュアンスが込められています。
施設の建物として選ばれたのは、あえて新築ではなく、昔ながらの木造の日本家屋でした。新しくて清潔な設備も大切ですが、それ以上に「どこか懐かしく、ほっとする」空間であることが、人生の終盤を過ごす上では大きな意味を持つと考えたからです。廊下や縁側、畳の部屋、庭先――それらが利用者にとっての“記憶の風景”と重なり、心を落ち着かせる場になります。
また、間取りにも配慮がなされました。多くの施設ではプライバシーを重視して個室を標準としていますが、シェアハウスでは「相部屋」の良さに注目しました。高齢になると、一人の時間が長くなることがかえって孤独感を深める場合があります。そのため、最初は個室を希望していた方も、入居後に相部屋への変更を希望することも少なくありませんでした。人の気配がある、会話がある、笑いがある――それが、暮らしを温かく支えるエッセンスになるという発見でした。
こうした環境や理念のもとで、「制限のない外出支援」はごく自然に生まれたものです。利用者の希望を、まずは否定せずに受け止める。そして「どうやったら実現できるか」をスタッフが共に考える。特別なことではなく、当たり前のことを当たり前に実行する。その姿勢が、大浦家の文化として根付いていきました。
もちろん、その道のりは平坦ではありませんでした。先述の通り、スタッフの中には「本当にこんなに自由に外出させて大丈夫なのか」と戸惑う声もありました。しかし代表の砂川さんは一貫して「介護とは“守る”ことではなく、“支える”ことだ」と説き続けました。そして、実際に利用者が笑顔で帰ってくる姿を見たとき、スタッフの心にも「これが本来の介護の形かもしれない」という確信が芽生えていきました。
このように外出支援は、ただのレクリエーションではなく、「その人の人生に、もう一度選択と自由を取り戻す」ための実践です。制度や慣習に縛られない“もう一つの介護の形”として、まさに必要とされている発想が、この場所から静かに、しかし確実に広がりつつあるのです。






利用者とスタッフ二名による「デートの日」
シェアハウスの取り組みの中でも、特にユニークかつ評価が高いのが「デートの日」です。これはスタッフが利用者とがデートするかのように二人で出かけ、映画館や観劇、ドライブ、四季の花巡り、好きなレストランでの食事といった“自分らしい時間”を過ごす取り組みです。
言葉にしにくい希望でも、スタッフと対話しながらプランを一緒に組み立て、外出中も対話を挟みながら楽しみを共感していきます。ある日は小旅行として大分や他地域への一泊旅行をおこない、「もう一度行きたい」と声が上がるほどの充実した体験へとつながりました。
こうした体験を通じて生まれるのは、利用者とスタッフの中に育まれる信頼関係と安心感です。「また誘ってほしい」「スタッフさんと出かけられて嬉しい」といった感想が、日常の喜びや自己肯定感を高めています。施設内に閉じず、外の世界で交流し刺激を得ることで、心身が活性化する実感を多くの利用者が感じています。
今後の展開
シェアハウスは、今後もより豊かな暮らしを支えるため、様々な展開を模索しています。
まず一つ目は、学生や芸術家向け宿舎との連携です。砂川代表は若い世代との交流や創作活動の場を利用者と共有することで、新たなコミュニティづくりや刺激、多世代での助け合いの仕組みを構想しています。敷地内または近隣に宿泊できるスペースを整え、互いの時間を交差させる場づくりを進めようとしています。
二つ目は、高齢者の社会参加と就労支援の促進です。軽作業や家事のサポートなど、利用者が「できること」を活かして関わる仕組みづくりが進んでおり、今後は地域貢献や簡易な仕事の機会を実現していく予定です。このような取り組みにより、「役割を持ち続けたい」「誰かの力になりたい」という思いを実現し、生活に生きがいを育む方向性を志向しています。
三つ目には、音楽や世代間交流、ボランティア活動など、多彩な体験プログラムの拡充です。既存のカラオケ、ボーリング、旅行などに加えて、音楽療法、地域ボランティアへの参加、子どもたちとのふれあいイベントなどを企画し、「施設」ではなく「生活の場」として多様な経験を提供しようとしています。
今後の新しいチャレンジを期待しています。
施設概要

- 運営会社 合同会社GLADLifeCreate
- 施設名 シェアハウス大浦家
- HP https://gladlifecreate.jp/
- 住所 〒807-0874 福岡県北九州市八幡西区大浦1-5-6
- 業種 住宅型有料老人ホーム
見学などのご要望がございましたら上記のHPへお問合せください。
※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。