2025.05.23 | u-map

“現場主導”のDXが未来を拓く。介護老人福祉施設 嬉の里の挑戦!

“現場主導”のDXが未来を拓く。特別養護老人ホーム嬉の里の挑戦!

 

「沖縄に、DX(デジタルトランスフォーメーション)を現場主導で進めている介護施設があるんですが知っていますか?」

そんな情報を耳にしたのは、ある業界関係者との何気ない会話がきっかけでした。
正直なところ最初は少し疑ってしまいました。なぜなら介護業界におけるDXは、まだまだ発展途上であり、ICT機器の導入が進まないどころか、使いこなす以前に“導入すらされていない”という施設が全国各地に存在するからです。

ましてや本州に比べて地理的・制度的なハンディがある中で、なぜ沖縄でDXが進むのか。そもそも沖縄の介護現場は、どのような課題や強みを抱えているのか。そうした疑問が次々に湧いてきたので「介護老人福祉施設 嬉の里」を見学させていただきました。

入居者と職員の「安心」を生み出すICT

案内してくださったのは事務長の嘉手苅さん。
穏やかな語り口ながらも、語られる一つひとつの言葉には、介護の未来を見据えた強い意思が感じられました。

「この施設では、ICTを“便利な機械”としてではなく、“現場の仲間を支えるもう一つの手”として考えているんですよ」

そう話しながら、嘉手苅さんは実際に使われている見守りセンサー「眠りSCAN」の稼働状況や、記録システムの導入状況についてお話いただきました。

 

ベッドの下に設置されたセンサーは、入居者の呼吸や心拍、離床などを自動で検知し、異変があればリアルタイムでスタッフのスマホに通知される仕組みになっています。これにより、夜勤帯の巡回は「時間に追われる業務」から、「必要な人に寄り添う選択」へと変化したそうです。

 

嘉手苅さんが特に強調されていたのは、「ICT導入で削減できたのは時間だけでなく、職員の精神的な不安や焦りも含まれている」という点でした。見守りセンサーが「ちゃんと見ていてくれる」という安心感があることで、職員の表情も柔らかくなり、自然と声かけが増えたといいます。

「以前は、夜勤明けに“事故がなくてよかった”と胸をなでおろす日々でした。でも今は、“今日は〇〇さん、熟睡されてたな”と、安心して報告できるようになったんです」

そう笑顔で語る嘉手苅さんの姿から、ICTがもたらす“安心”は、単に数値的な効率だけではなく、「人を思いやる余白」を創るものなのだと深く実感しました。

実際、職員の残業時間は月平均で3時間近く減少し、入居者の夜間訪室も大幅に削減されたとのことや驚くべきは、それによって入居者満足度も向上し、「眠りが深くなった」「声掛けがしやすくなった」という声が入居者やご家族からも届くようになったという点です。

DXの推進によって、職員の働き方が変わり、それがそのまま入居者の生活の質に結びついている。この連鎖こそが、嬉の里が目指す“ケアの理想形”なのだと、私は現場を歩きながら強く感じました。

テクノロジー委員会――現場発のアイデアが実現する場

嬉の里には、「テクノロジー委員会」と呼ばれる職員主体の取り組みがあります。
ICT導入においてよくあるトップダウン方式ではなく、ここでは現場職員が主体となり、現場の課題や希望を元にテクノロジーを導入していくのです。

委員会のメンバーは介護・看護・リハビリ・事務など、多様な職種で構成されており、ITの専門家ではなく、むしろ“普段から使う側”の立場の人たちばかりです。月に一度の会議では、「こんなことに困っている」「こういう機能があったらいい」といった声が率直に飛び交います。実際にメーカーから試験的に機器を借り、現場でトライアルし、使いにくい点や改善希望を伝えるといった“実践型PDCA”が回っているのです。

委員会の立ち上げは2018年。
当初はたった数名でスタートしたこの取り組みは、現在では約15名の多職種が月に一度集まり、「どんな技術が現場を助けるか」を本音で話し合う場となっています。

導入当初は、全てがうまくいったわけではないそうです。
例えば、記録のタブレット化に際しては、「打ちづらい」「手書きの方が早い」といった声も少なからずあったとのこと。けれど委員会では、そうした否定的な意見を「失敗」と捉えるのではなく、「改善のヒント」として丁寧に拾い上げてきたといいます。

結果的に音声入力の導入や入力UIのカスタマイズを進めることで、今では多くの職員がタブレットを使いこなし、「記録が楽になった」と実感するまでに至っています。

そして、こうした技術導入が見えない変化も生み出しました。

嘉手苅さんによれば、過去には慢性的な腰痛による離職が多く、特に20〜30代の若手職員の定着率が課題だったそうです。
しかし、見守りセンサーや移乗支援機器の導入によって重度入居者の夜間対応回数が減少し、腰部への負担も軽減。それが離職の抑制に繋がったというのです。

 

 

「数値で言えば、直近3年間の定着率は約80%を超えるようになりました。かつては50%台だったことを思えば、大きな進歩です」と嘉手苅さんが静かに語ってくれました。

技術を導入するだけでなく、“使い続けられる仕組み”を職員自身がつくっている。その姿はまさに、嬉の里の未来を現場から築く「チーム」そのものであり、これからの介護現場のロールモデルだと強く感じました。

背景に「現場がもたない」という危機感

嬉の里のDXが現場主導で進められている背景には、単なる業務効率化の目的では語りきれない、切実な危機感がありました。

「ある日、若い職員が言ったんです。“このまま続けていける気がしません”って。その言葉に、私は正直ショックを受けました。でも、その言葉がこの施設の“今”を動かす原点になったんです」

慢性的な人手不足、重度化するケア、そして記録や申し送りといった業務の煩雑さ。
現場は、使命感と責任感だけでは乗り切れないところまで来ていました。疲弊した職員たちの表情は曇り、離職の相談が続いたある時期、施設全体に重たい空気が漂っていたと言います。

「まずやるべきは、ツールを入れることじゃない。“なぜ疲れているのか”どこに無理があるのか”を、本人たちの口から直接聞くことだと思ったんです」──その想いから、施設長は1対1の面談を始めました。

現場の職員たちとじっくり時間をとって対話する中で、見えてきたのは「記録が多すぎる」「申し送りが属人化していて漏れがある」「夜勤の巡回で不安になる」といった、日々の小さな“しんどさ”の積み重ねでした。

中には、「ICTってなんか苦手で…」と不安そうに笑う職員もいたそうです。その不安ごと受け止め、どうすれば無理なく、負担を減らしながら現場にとって“助けになる技術”にできるかを考え続けました。

そうして浮かび上がった声をベースに、「テクノロジー委員会」という現場発の仕組みが立ち上がり、最初に取り組んだのは使いやすい記録システムと見守りセンサーの選定でした。
機能や価格だけでなく、職員が「使ってみたい」と思えるかどうか、実際に触れてみて納得できるかが、選定の最大の基準だったそうです。

このプロセスを通じて、嬉の里では「現場に寄り添うテクノロジーとは何か?」という問いへの明確な答えが見つかっていきました。

それは、“効率化”ではなく、“人を支える余白をつくること”。

ICTは目的ではなく、現場の声に応え、未来をつなぐための「手段」にすぎません。
しかしその「手段」を、現場の誰もが信頼し、使いこなせるものとして定着させるには、真剣な対話と、小さな実践の積み重ねが欠かせないのだと、施設長の姿勢から学ばせていただきました。

「日本一を目指す」ケアマインドが土台にある

 

DXが進んだこともあり、仕事や業務への余裕が出始め、スタッフの方々には言葉遣いや立ち居振る舞いにどこか品があり、入居者の方に対しても、まるでご家族と接するような丁寧さが出てきたと語ります。

この雰囲気は、単なるマニュアルやICT導入だけでは生まれないものです。
案内してくださった嘉手苅さんによると、嬉の里には以前から「日本一のケアを目指す」という明確なビジョンが根付いていたと言います。

「私がここに来る前から、この施設には“いいケアってなんだろう?”を本気で語り合う文化があったんです。経営側が掲げた言葉というより現場職員が自然とそう思い、そうありたいと願っていたように感じます」

その証拠に、嬉の里では日々の申し送りやカンファレンスでも、「この対応は本当に本人のためだったのか」「もっと良い選択はなかったか」といった、ケアの“質”をめぐる議論が活発に交わされているそうです。そこには、“ルールを守る”というより、“信念を持って関わる”という空気があります。

また、嬉の里では職員同士の声かけにも「ありがとう」「助かりました」が自然に行き交っていました。この“ありがとう文化”もまた、ケアの質を支える大きな柱になっています。

私が驚いたのは、入居者の生活にまつわる何気ない場面にも“ケアの美意識”が貫かれていたことです。たとえば、食事の時間になると、職員が手早く、しかし乱暴にならないよう一人ひとりのペースを確認しながら準備を進めていました。その姿には、「ここで過ごす方々の尊厳を守る」という意思が自然とにじんでいました。

嘉手苅さんは、そうした文化を「誰かが押しつけたものではなく、職員一人ひとりが“自分ごと”として育んできたもの」だと表現しました。ICTや見守りセンサーの導入も、この土壌があったからこそ、単なる効率化ツールではなく、“より良いケアを実現するための道具”として自然に受け入れられたのだと。

「日本一のケアを目指す」という言葉には、派手なパフォーマンスや競争意識ではなく、“誰かのために、もう一歩できるか”を問い続ける姿勢が込められているのだと、私はこの現場から学びました。

【最後に…】現場こそDX時代の主役!

 

今回の見学を通して私が最も強く感じたのは、「現場こそがDXの主役である」という確信です。

ICTやセンサーというと、どうしても「難しそう…」、「現場には無理では…」という印象を持ちがちですが、嬉の里ではそれを真逆の形で見せてくれました。

現場の声に丁寧に耳を傾け、それを形にし、仲間で実践していく。その積み重ねが、まさに“DXの本質”なのではないかと思います。

これからの介護業界にとって、嬉の里のような「現場が変革を主導するモデル」はきっと希望の灯になるはずです。そして、見学を終えて施設を後にする私は、静かにこう思いました。

介護の未来は、現場の手の中にあるのかもしれません。

施設概要

“現場主導”のDXが未来を拓く。介護老人福祉施設 嬉の里の挑戦!

 

  • 運営会社 社会福祉法人 千尋会
  • 施設名  介護老人福祉施設 嬉の里
  • HP    https://www.chihirokai.or.jp/
  • 住所   〒901-1105 沖縄県島尻郡南風原町字新川538
  • 業種   介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)

 

見学などのご要望がございましたら上記のHPへお問合せください。

 

※こちらは個人的な見解を含め書いておりますので実際に感じることと異なる場合もございますがご了承くださいませ。

 

 

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